ニッポンと話そうPROJECT/第一弾長編映画作品
映画『せかいのおきく』

監督 阪本順治
出演 黒木 華、寛 一 郎、池松壮亮 他
2023年公開予定

映画『せかいのおきく』
自然も人も死んで活かされ、生きる

「京では小便と菜と、とつけへこにするといふことだから、小便も大切なもんだに、おめへ海の中へおしいことをした。その三斗八升でとりけへたら、菜が馬に五駄や六駄はくるだろうふに」

これは『東海道中膝栗毛』で、海へ大量(三斗八升)の小便をしたという上方者を、弥治郎兵衛がからかって言った台詞だ。
江戸時代では、糞尿は農業を営む上で欠かせない肥料として、価値あるものだった。当時、庶民の住まいの殆どが長屋で、借家人は共同の厠を使用していた。
江戸では、そこに溜まった糞は家主のものとなり、「下肥買い」という業者を通じて農家に肥料として売却していた。
下肥買いは肥桶を担いで厠をまわり、江戸で排泄された大量の糞尿を船に積んで近郊の農村まで運んでいく。窒素やリンを豊富に含んだ有機肥料を入手できると、農民とたちは競ってそれを求めたそうだ。
そして、長屋の厠の糞尿は家主の貴重な収入源になるので、借家人は家賃を滞納したぐらいでは追い出されることはなかったという。
京では尿も棄てずに資源にしていた。尿は糞のように発行させる必要がなく、即効性の高い肥料になるので野菜と交換され、借家人のものになっていたらしい。

江戸時代はたくさんの修理・再生業者が存在した。
製品の殆どが有機物で成り立っていたことも関係しているといわれているが、超低成長の変化がゆるやかな時代で、今後も大きく生活や産業が変わらないと認識していたからこそ、子孫の世代まで考えて、資源を大切にし、製品は修理して維持することを心がけていたのだろう。
その修理業で代表的なのは、欠けたり割れたりした瀬戸物を「焼き接ぎ」する職人だ。高価な陶磁器の補修に使われる「金接ぎ」は漆で接着するが、焼き接ぎでは、白玉粉と呼ばれる鉛ガラスの粉末を塗り付け加熱して接着する。主に普段使いの物の補修に使われていたらしい。

他にも「鋳掛屋」「下駄の歯入れ」「箍屋」「研ぎ屋」「算盤直し」など、あらゆるものを修理してくれる職人が江戸の町には溢れていたという。
再利用では、「紙屑買い」が有名だ。不要になった帳簿などの紙製品を買い取って、漉き直す業者に販売していたそうだ。
その他、江戸時代まで布は全て手織だったため高級な貴重品で、江戸の町には四千軒もの商人がいたといわれる「古着屋」をはじめ、「古傘買い」「「古樽買い」が。物資資源の最後の形である灰さえ、「灰買い」がいて農業用の肥料や洗剤、染料、アク抜き、傷薬として使われたそうだ。
こうした生業が、ものを捨てることなく大切にするのと同時に、収入源となり生活を支えていた。
修理・再利用だけでなく、物を大切に何度も使うのは当たり前のことだった。勿論、次々と新しいものを買わなければ経済は発展しない。だが、江戸時代には今の私たちに必要なキーワードがたくさん存在していた。

戦国時代末期、ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは「我々は糞尿を運び去る人に金を払う。日本では、それを買い、その代償に米と金を払う」と書き記している。
つまり、当時の日本はサーキュラーバイオエコノミー(循環型社会)の最先端にいたということだ。

この映画には、ある長屋を舞台に、大切なものを散りばめていきたい。
人は、楽しくおかしく、悲しく、一生懸命に生きて死んでいく。江戸時代は資源が限られていたからこそ、使えるものは何でも使い切り、土に戻そうという文化が浸透していた。人間も死んだら土に戻って自然に帰り、自然の肥料になる。人生の物語もまた、肥料となる。自然も人も死んで活かされ、生きる。この映画に込めた想いが、観た人たちの肥料になることを願っている。

脚本・監督/阪本順治

1958年生まれ。大阪府出身。大学在学中より、石井聰亙(現:岳龍)、井筒和幸、川島透といった〝邦画ニューウェイブ〟の一翼を担う監督たちの現場にスタッフとして参加する。89年、赤井英和主演の『どついたるねん』で監督デビューし、芸術推奨文部大臣新人賞、日本映画監督協会新人賞、ブルーリボン賞最優秀作品賞ほか数々の映画賞を受賞。満を持して実現した藤山直美主演の『顔』(00)では日本アカデミー賞最優秀監督賞や毎日映画コンクール日本映画大賞・監督賞などを受賞、確固たる地位を築き、以降もジャンルを問わず刺激的な作品をコンスタントに撮り続けている。2016年には斬新なSFコメディ『団地』で藤山直美と16年ぶりに再タッグを組み、第19回上海国際映画祭にて金爵賞最優秀女優賞をもたらした。その他の主な作品は、『KT』(02)、『亡国の
イージス』(05)、『魂萌え!』(07)、『闇の子供たち』(08)、『座頭市THE LAST』(10)、『大鹿村騒動記』(11)、『北のカナリアたち』(12)、『人類資金』(13)、『ジョーのあした│辰𠮷𠀋一郎との20年│』(16)、『団地』(16)、『エルネスト』(17)、『半世界』(19)、『一度も撃ってません』(20)などがある。

 
 
 
 
 
 
 
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