ニッポンと話そうPROJECT

Message

『夢と笑顔を生みたい』

今、世界の人々は、新型コロナウィルスなど不安な毎日を過ごしています。
これは、神様からのメッセージなのか…、環境問題も含め、今後、どう生きていくか、価値観の転換期にきているのではないかと思っています。

私の人生を振り返ると、
会社経営者の父をもち、父の言いつけで何も分からないまま、会社の取締役、工場長、海外事業部責任者、情報管理部部長を努め、更に父の資産管理会社の取締役、公益財団法人の理事長等を歴任してきました。

私は、39歳で初めて社会人になりました。
親友には「あなたが働くようになったら世も末ね。」と言われましたが、様々な事を学んだ期間で、天国と地獄も経験し、自分で考え決定し自分で責任を取るという、良い学びの経験になりました。
時はすぎ、私の人生の中で最も尊敬していた両親が亡くなりました。とてもショックでした。これからは、自分で真の自立に向け生きていく、そう覚悟して生きていこうと思いました。
しかし、人生は予測できないことが起こります。覚悟した矢先に、原因不明の病気にかかり、人生初の長期入院を経験しました。
病室では、動けずに天井を見るだけで、このまま人生終ってしまいそうな絶望感でした。そんな時、私を救ってくれたのは、友人や会社の社員や皆に支えられたことでした。皆んなの支えもあって私は、復活する事が出来、これからの人生を立ち止まって真剣に考える時間が持てた事、決して一人では無い事、更に人の痛みがより一層わかるようになり、『感謝』という言葉が心の中に深く刻まれていきました。
今思えば、原因不明の病気は、私にとって人生のリセット、転換期となり、良い経験となりました。

それ以来、今までは親の引いた線路を走って来ただけで本当に自分がやりたい事とはなんだろう?と、心の片隅で考えるようになっていきました。
子供のいない私は、未来の子供たちのためにと思い、財団での活動や養護学校の子供たちを支援していきました。さらに、世の中に貢献していきたい。感謝の気持ちをもって世の中に還元していきたいという想いも芽生え活動していきました。
それでも足りずに、新しい何かを生んで、ワクワクして世の中に貢献していきたい!楽しく何かを作っていきたい!と想う気持ちが高まっていくばかりでした。

そんな時に、ニッポンと話そうPROJECTの原田氏と出逢いました。直感で、ワクワク!する。そして自分達だけでなく日本中、いや世界中にワクワクを発信して更にワクワクが広がって行く未来が想像できました。
ビジョンというか、今までになかった光が見えた気がしましたし、プロジェクトを支援し、共に歩みたいと思い決断しました。

FANTASIAの源は、
『映画という媒体でSDGsやサーキュラーバイオエコノミーについてを人々に浸透させるという試み、挑戦的でワクワクする』
だと想っています。

名前の由来は世界中の「夢」の発信源でありたいとの願い。
FANTASIAから発信される全てのコンテンツを通じて、笑顔とワクワクを世界中に届けていきたい。その笑顔が伝播し、世界中の人たちに「夢」が広がり、また笑顔を生む。
壮大すぎるテーマ『地球の環境問題』それに取り組むには、先ずは、人々に笑顔を生む、そう考えています。

近藤純代は、東京生まれの東京育ちの江戸っ子です。
物心ついた時より、人の世話焼きが大好きで特に困っている人がいるとほっておけない性格で、母親にはよく「自分の頭の灰も負えないのに」と言われました。
今思えば、あの時の母も笑顔でした。

近藤純代とFANTASIA、新しい人生の始まりです。

近藤純代

近藤純代

公益財団法人清和国際留学生奨学会 代表理事
株式会社 SHiNWA COMPANY 代表取締役社長
株式会社FANTASIA 代表取締役社長