ニッポンと話そうPROJECT

Project Team

藤島義之

ニッポンと話そうPROJECT
プロジェクトフェロー

藤島義之

英国オックスフォード大学 有機化学専攻 PhD
1992年、Oxford Centre for Molecular Sciences 研究員
1995年、味の素株式会社、中央研究所、食品研究所、ライフサイエンス研究所にて研究開発、本社研究開発部、健康事業開発部、北米味の素出向にて企画開発に従事。その後一般財団法人バイオインダストリー協会、日本バイオ産業人会議事務局兼務、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)へ出向。技術戦略センター(海外技術情報ユニット、バイオエコノミーユニット)にて世界の情報収集、関連会議に日本代表として参加。上智大学客員講師。

バイオエコノミーって何だろう?
何が問題なの? どうすればいいの?

表向きにはバイオエコノミーは2005年ごろから欧州で議論が進み、2009年のOECDのレポートで世界に広がり、遅ればせながら日本も戦略を作り始めた。脱化石資源依存社会を実現し、持続可能な社会を作る。そんな感じの考え方だ。何のためにそんな経済活動を目指し、誰が得をするのか、そもそも欧米の論理に日本は追随しなければやっていけないのか。

問題に目を向けると、英国の産業革命以降続いた化石資源への依存、生産性の追求と膨大な廃棄物の問題、生物多様性の犠牲による疫病の蔓延、貧困問題、組織忠誠のための個の犠牲、などなど。結局は世界のサイズに対し、過多な人口がすべての課題を作り、自然との共存が基本であることを忘れたために起こってしまったことなのではないか。
旧約聖書の創世記に、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」iとある。このことがキリスト教のみならずユダヤ教、イスラム教でも教えられていると聞く。私にはこのことが、人間を中心としてこの世のものすべてを支配すべきということと読めてしまう。そんな人たちが世界の議論を支配し、ルールを作っていく。
利己的ではない日本人は性善説に基づき、世界でもいい子でふるまってしまう。お人よしがために世界のルールには口出しせずに従うが、和を乱さないように拠出金を求められれば出す、だまされて戦争を仕掛けられれば守るために戦い、戦犯責任は根拠なく甘んじ、石油の輸入は産油国の求めるままに行う。

長期の鎖国で独自の自然との共生文化を作った日本は、江戸時代までは化石資源に頼らずに約3,000万人が持続的にくらしていたii。江戸の町では100万人が上下水道を持ち暮らすことが可能であった。今は人口が4倍かもしれないが、今持つ知識を活用すれば化石資源なしでもできるのではないか。戦後に植えた木々はそろそろ本気で産業活用してもいいのでは。
知恵を絞り、謙虚を美徳とし、自然との共生を基本とする。そんなことができるのは日本だけかもしれない。
我が息子たちと原田さんの子供たちが無邪気に海や山で戯れる。守りたいのはそれだけかもしれない。祖先から譲り受けた自然であるかもしれないが、ナバホインディアンの言う、「自然は子孫から借りているiii」という考えがしっくりくる。大人は子孫に恥ずかしくない行動をとらなければならない。

藤島義之

  1. Wikisource/創世記(口語訳)
  2. Wikipedia/江戸時代の日本の人口統計
  3. 教育記事データベース/道徳教育 2012年10月号

五十嵐圭日子

ニッポンと話そうPROJECT
プロジェクトフェロー

五十嵐圭日子

東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 教授
1971年山口県で生まれ、半年で東京へ引っ越し、幼稚園の年少から石川県、小学校4年生から大阪、中学校1年生から東京と、父の転勤に合わせて日本中を転々としたので、各地の方言が混ざる。学位取得後スウェーデン滞在中に、自然と都会との間でヒトはどう暮らせば良いのかを探求する必要性を実感し、帰国後高尾山の麓に居を構える。2016年からはフィンランドでも教職に就き、生物圏に負荷をかけない経済活動である「バイオエコノミー」の実現を目指すとともに、東京大学にOne Earth Guardians(地球医)育成プログラムをたちあげる。きのこやカビの酵素パワーを信じて研究すること四半世紀。米科学誌「サイエンス」を含む200を超える論文や著書、日本学術振興会賞、市村学術賞など数々の受賞の他に、酵素研究に関するギネス世界記録も保持する。

学歴

1994年3月
東京大学農学部林産学科卒業
1996年3月
東京大学大学院農学系研究科林産学専攻修士課程修了
1999年3月
東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻博士過程修了 博士(農学)
その間計7ヶ月間ジョージア大学生化学分子生物学科に派遣研究員として滞在

職歴

1999年4月
日本学術振興会特別研究員(PD)
その間スウェーデン国ウプサラ大学バイオメディカルセンターに1年間博士研究員として滞在
2002年4月
東京大学大学院農学生命科学研究科 助手
2007年4月
東京大学大学院農学生命科学研究科 助教に身分変更
2009年4月
東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授
2014年4月〜
 
2016年3月
独立行政法人大学入試センター 生物第一委員会
2016年1月〜
 
2019年12月
VTTフィンランド技術研究センター フィンランド卓越教授(FiDiPro)プログラム客員教授
2017年8月〜
 
2019年7月
文部科学省研究振興局学術研究助成課 学術調査官
2018年4月〜
新エネルギー・産業技術総合開発機構技術戦略センター フェロー
2021年3月
東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 教授

世界が一斉にサーキュラーエコノミー(循環型経済)やバイオエコノミー(生物圏に負荷をかけない経済)に舵を切っている姿を目の当たりにして、いつものように「日本はいったい何をしているんだ」といらつく。
そのいらつきの原因を研究者っぽく分析してみると、地球に負荷をかけずにヒトが生きる方法が、実は各地にひっそりと、しかし確実に存在していることに気付く。
どのようにヒトと地球が共生するかを探す旅、時間を戻すのではなく、時間を進めながら、その答えを探すための長くて険しい旅の先に、次世代に受け継ぐべきヒトとしての生き方があると思う。

五十嵐圭日子

学歴

1994年3月
東京大学農学部林産学科卒業
1996年3月
東京大学大学院農学系研究科林産学専攻修士課程修了
1999年3月
東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻博士過程修了 博士(農学)
その間計7ヶ月間ジョージア大学生化学分子生物学科に派遣研究員として滞在

職歴

1999年4月
日本学術振興会特別研究員(PD)
その間スウェーデン国ウプサラ大学バイオメディカルセンターに1年間博士研究員として滞在
2002年4月
東京大学大学院農学生命科学研究科 助手
2007年4月
東京大学大学院農学生命科学研究科 助教に身分変更
2009年4月
東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授
2014年4月〜
 
2016年3月
独立行政法人大学入試センター 生物第一委員会
2016年1月〜
 
2019年12月
VTTフィンランド技術研究センター フィンランド卓越教授(FiDiPro)プログラム客員教授
2017年8月〜
 
2019年7月
文部科学省研究振興局学術研究助成課 学術調査官
2018年4月〜
新エネルギー・産業技術総合開発機構技術戦略センター フェロー
2021年3月
東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 教授

近藤純代

ニッポンと話そうPROJECT
プロジェクトチェア

近藤純代

ニッポンと話そうプロジエクト プロジェクト・チェア
公益財団法人清和国際留学生奨学会 代表理事
株式会社SHINWA COMPANY 代表取締役社長
株式会社FANTASIA 代表取締役会長

『人』を大切に、夢と笑顔を生んで生きたい

今、世界の人々は、新型コロナウィルスなど不安な毎日を過ごしています。
これは、神様からのメッセージなのか…
今後、どう生きていくか、価値観の転換期にきているのではないかと思っています。

私の人生を振り返ると、
尊敬する両親が亡くなった後に、私は、原因不明の病気にかかりました。
病室では、動けずに天井を見るだけで、このまま人生終ってしまいそうな絶望感でした。そんな時、私を救ってくれたのは、友人や会社の社員、皆に支えられたことでした。私は、決して一人では無い、と勇気をもらいました。『人』、『感謝』という言葉が心の中に深く刻まれていきました。今思えば、原因不明の病気は、人生のリセット、転換期、これからの人生を立ち止まって真剣に考える時間になりました。それ以来、本当に自分がやりたい事とはなんだろう?と、心の片隅で考えるようになっていきました。未来の子供たちのためにと思い、財団での活動や養護学校の子供たちを支援していきました。さらに、世の中に貢献していきたい、感謝の気持ちをもって世の中に還元していきたい、という想いも芽生え活動していきました。
そんな時に、ニッポンと話そうPROJECTの原田氏と出逢いました。直感で、ワクワクしました。日本中、いや世界中にワクワクを発信し、広がっていく未来が想像できました。
私は、ニッポンと話そうPROJECTを支援し、共に歩んでいこうと決断しました。

FANTASIAの源、名前の由来は、世界中の夢の発信源でありたいとの願い。
FANTASIAから発信される全てのコンテンツを通じて、笑顔とワクワクを世界中に届けていきたい。その笑顔が伝播し、世界中の「人」に夢が広がり、また笑顔を生む。
壮大すぎるテーマ『地球の環境問題』それに取り組むには、先ずは、人々に笑顔を生む、そう考えています。私は、東京生まれの東京育ちの江戸っ子です。物心ついた時より、人の世話焼きが大好きで特に困っている人がいるとほっておけない性格で、母親にはよく「自分の頭の蠅も負えないのに」と言われました。
今思えば、あの時の母も、素敵な笑顔でした。

私とFANTASIAとニッポンと話そうPROJECT
「人」を大切に、夢と笑顔を生んで生きたい。
新しい人生の始まりです。

近藤純代


須藤秋美

ニッポンと話そうPROJECT
プロジェクトマネージャー

須藤秋美

北九州市小倉生まれ。熊本にてフリーランスで活動中に「くまもと映画祭」にボランティアスタッフとして関わり、1985年に上京。第1回~第3回東京国際映画祭事務局スタッフとなる。その後、邦画の宣伝、製作に携わる。映画配給宣伝カマラドを開業し、主に石井岳龍、市川準、阪本順治監督の作品を手掛ける。出産育児を期に4年間活動拠点を福岡に移した後、2007年シネカノン入社。2009年より学校法人神奈川映像学園にて日本映画大学の設立準備に携わり、2011年開学前より広報を務める。2018年より株式会社ほぼ日「ほぼ日の學校」のスタッフとなる。
他、子ども食堂など、シングルマザーや子ども若者支援活動も行っている。

地球が誕生した約46億年前から、自然界は強者生存ではなく、適者生存でした。環境や時代の変化に適応しながら進化したり、滅びたり、新しい種が生まれたり。そうやって生命を繋いでいくことが自然の摂理で、それは今もこれからも続いていくことでしょう。

ただ人間が営む文明社会は便利なこと、過剰なことに慣れすぎて、それを優先しすぎて自然や他の生命を疎かにしていることに気付かず、おざなりにしようとしてきました。
皆が心豊かに、穏やかに日々を過ごすことに何が必要なのか。個人や国、地域など様々な事情によっても違いはあり、答えが簡単に見つからないのも事実です。

ただ、ようやく私たち大人も世界も、本来大切にしなければならない、共通の自然や環境の問題に気付き始めました。
まだまだほんの些細なことでさえ知らないことが多くあります。知ることで身近なことから行動できることがあります。
このプロジェクトの仲間と創る作品をきっかけに、まずそこからスタートできることを願います。未来のために。

須藤秋美